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まぁそんなに怒るなよ

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少年が派手に転ぶのを見た。
母親と思しき女性が、ややヒステリックに少年を注意した。
転倒の痛みからか、母親に叱られたからか分からないが、少年は目に涙を貯めていた。

思い返して見ると、ここ何年も転んでいない。ひょっとしたら成人してからただの一度も、不本意に地面に手をついたことがないかもしれない。
段差に不意を突かれ躓いても、練磨されたボディバランスによって素早く立位に復することができる。
言われてみれば、両親の歓声の中でつかまり立ちをしたあの日から、スキマ時間にコツコツと歩き続けてきた。
あれから一歩も歩かなかった日など、指折り数えられるほどしかないはずだ。
日々の努力の積み重ねによって、私は歩くことが上達したのだ。

考えてみれば、知らずに上達したことが日常生活に多くある。
子供の頃、こぼさず、あふれさずにグラスに茶を注げる打率は3割程度だったと思う。
よく母親に叱られたが、めげずにグラスに茶を注ぎ続けた結果、今は9割を超える打率を誇れるようになった。

多分、腕の筋力が足りなかったのだと思う。
2リットルのお茶ジャグを片手で操作し、グラスに綺麗に8割ほどまで入れて止めるという作業は、想像以上に難しいと思う。
ロボットに茶を注がせるプログラムを書こうと思えば、その難しさのイメージがしやすい。

グラスに注がれた茶が適量とされる閾値を超えてから、あふれるまでに許容される時間の幅は一般におそらく1秒前後だろう。
筋力が足りないと、ジャグを引き上げる時間が多くかかるし、第一次成長期の最中にあった当時の私が、ジャグを引き上げるのに何秒要するかを正確に推測するのも難しかったと思う。
この世界に生まれ落ちてから数年の小僧が簡単に出来ることではないし、出来たとしたらそれは天賦の才だ。

私はこう見えて最高に不真面目な性格で、誰に何と怒られても意に介さなかったので助かった。母に何度叱り飛ばされても挑戦を続けたし、その努力は結実したのだ。
母の気持ちも分かる。私がふざけているか遊んでいるか、わざとやっていると思ったのだろう。何故なら、彼女にとってグラスに茶を注ぐことは取るに足らないことだからだ。
それが出来ないとしたら、ふざけているか遊んでいるか、わざとやっているとしか考えられないのも無理はない。



母はどうするべきだったのか。
まず、私が出来ない原因を探るべきだった。私を観察し、少し考えれば原因が、経験不足と筋力不足だと想像出来たはずだ。
それが分かれば、対策が取れただろう。大きなグラスを用意すればタイミング的な難易度は緩和されるし、小さなジャグを用意すれば重量的な難易度は緩和されただろう。

そして、私が失敗しても笑って許すべきだった。
覆水は盆に返らないが、全ての覆水を必ず盆に返したいわけでもない。机を拭いて、茶はまた作れば良い。
真に取り返しの付かないこと、例えば命を落とすこと、それ以外は失敗ではない。多いなる成功への一歩なのだ。

ツイッターでは、今日も誰かが何かに対して激怒している。
揶揄を込めて言えば、アツい。私は自分の利害のない出来事に怒りの感情は湧かない。
土俵に女性が上がるなというアナウンスがあったらしい。緊急事態に動転していたんだろうし、医師とは分からなかったんだろう。ただのお節介な人と思ったかもしれない。
ことの顛末を全て説明されてから冷静に映像を見る我々とは違う。火事場で枕を持って逃げてしまったような話じゃないか。

女性医師も怒られてもあんまり意に介さず処置を続けたし、結果セーフ。
これでなお、相撲協会が依然女性医師に対して土俵に上がったことを責め続けていたら、あるいは日本の世論が女性医師に対して責め続けていたら私は困惑する。
私が医師で私に無礼を働かれていても私は怒るだろう。或いは私が土俵でぶっ倒れて、女性の医師が土俵に上がれず私が命を落としたら私は怒る。
でも、今回の場合はそうではないし、そうではないなら、人生の限られた時間を他人のミスに目を三角にして浪費するのは、あまり健全とは思えない。
当事者間の問題だ。これを腐敗した相撲協会だとか、ジェンダー論に展開するのは無理がある。

ツイッターで激怒してる人っていつも激怒してるよな。
この記事を読んであなたは怒るかもしれない。
やれ事の本質、事の重大さが分かっていないと私を批判することも出来るだろう。怒った人には図星を突いたということだ。
もうちょっとまともにストレスを発散する方法を見つけた方が良いよ。

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